富士見町の多くの家では、来客から「お水ください」と言われた時、躊躇なく水道の蛇口をひねり、出てきた水をコップに受け、「どうぞ」と渡すのではないだろうか。
富士見町にはいい水がある。
それは、富士見町の地形と関係があるのだそうだ。
東西を、それぞれ八ヶ岳の山脈と入笠・釜無山系に挟まれ、その間に居住地が点在する富士見町。山に降った雪や雨は、やがて川になって山麓を下り、底部にある集落を通り、底にある川に流れ込む。
富士見町は、いい水を生み出すいくつかの条件を備えているのだそうだが、その中の一つが八ヶ岳の存在。山麓にたくさんの湧水地を持つ。
たくさんの湧水は、元を辿ればその昔の八ヶ岳の噴火に起因するという。
発端は今から200万年程前の話。古八ヶ岳期の山が噴火。噴き出し麓に向かって流れ出た溶岩はやがて流れのままに冷え固まる。その溶岩の隙間に、これもまた大昔から雪や雨がしみ込み、溜まり、流れ始める。地中で流れ続ける水は長い長い年月を経て、濾過され濁りのない水となる。そして、とうとう層の切れ目から地表に顔を出す。それが八ヶ岳の湧水なのだそうだ。
小さな湧き水まで入れたら、相当数あると言われる八ヶ岳南麓の湧水口。
昔から土地の人たちにとりわけ大事にされている湧水がいくつかあるのだが、そのうちの5箇所を訪ねてみることにする。
大泉湧水
入り口に、ウラジロモミ、クロベ、スギなどの巨大な木が生える水源の森。少し前までふくろうも巣をかけていたという。その森の奥まった斜面にある大きな岩の下から、こんこんと水が沸き出す。水は小さな池を作り、倒木の下を通って下流に流れ出す。すぐ上には水神様を祭った祠。
辺り一帯、神秘的としか言いようのない空気が漂う。
ある時、日に3回足を運ぶこともあるという地域の長老に出会った。
「昔、この森でこっそりと結婚式を挙げた衆がいてさ」
「ちっちぇえ時に見たこの場所が忘れられねえと、このめえ、20年も経って見に来た娘さんがいてなあ」
「昔は水の騒動もあったわ」
「この周りで蜂追いをしたなあえ」
「この水が家のめえの水路に来ていて、それで女衆は茶碗を洗ったわえ」
と、懐かしい昔話が30分も続いた。
その長老ら地域の人たちにより、昔程ではないそうだが、丁寧に手入れがされているという。
流れ出た水は用水路を経て、下流域のいくつもの場所で水田に使われる。
この水は、富士見町の一部の地域の水道水としても使われる。
小泉湧水
八ヶ岳の麓の森が切れる際にあり、崖の下2箇所から大量に水が沸き出している。
ここでは水は池を作ることはなく、2方向に向かって流れ出す。流れの中でバイカモが揺れ、蕗の葉の間をキラキラ光りながら進んで行く。
この水を、少し下にある教会で聖水として使っているとか。真偽はわからないが、まさしく聖水に使われるような清らかな水である。
小泉湧水の水もまた、下流でいくつもの用水に分けられ、棚田に注がれる。恵みをもたらす水である。
※その2に続く
(Written by 村上不二子)